第三章 お伽歌劇とは何だったのか?
2.お伽歌劇の分類を考える
〜体験的「お伽歌劇」論〜
一口にお伽歌劇と言っても多数の作品があり、色々聴いていくうちに、
一括りでは語れそうに無く、作品の特性によって分類できそうだと気が
付きました。そこで、お伽歌劇にはどのようなものがあり、どのような
分類ができそうなのかを記述してみました。
浅草オペラ当時の歌劇とは、「対話によって劇が進行し、その場面場面
で歌唱が挿入され成立する演劇の中で、歌唱の比重が高いもの」とでも
定義するのが妥当ではないかと思います。そしてその一ジャンルを確立
したお伽歌劇は、その定義に「子供をテーマとした」という定義が加わっ
た、当時の歌劇の中の部分集合としてあるように思います。
しかし、子供をテーマにしたという、その定義の曖昧さゆえか、色々な
お伽歌劇のレコードを聴いていくと、さらに幾つかの種類に分かれてい
るように思いました。それは「聴く対象を誰と設定しているのか(対象)」。
もう一つは「ストーリーの題材をどこから持ってきたのか(題材)」と
いう2つの尺度で分類できるのではないか、という考えです。そして、
対象から2種類、手法から2種類に分類できるのではないかと考えまし
た。この2×2のマトリクスに分類できるのではと今は考えています。
これは、お伽歌劇そのものが、その発生当初は「どんぶら
こ」のように
有名な昔話を題材にした子供のための作品(分類V)だったのが、お伽
歌劇が認知され大衆化する過程で色々なバリエーションが発生していっ
たのだと思います。
まず対象ですが、これは聴衆のターゲットと言い換えてもいいと思いま
す。すなわち、子供と言う題材を使って子供に聴かせるためのものだっ
たのか、子供にも大人にも聴かせるためのものだったのかということで
す。
それに対し手法は、物語のテーマとも言えると思いますが、子供の生活
を題材にしたのか昔話などの物語を題材にしたのか、ということです。
これを図式化すると下のようになります。
対象\題材
|
子
供の生活
|
昔話、物語
|
特色(※)
|
子供
|
T
|
V
|
児童演劇の色が強い
|
一般大衆
|
U
|
W
|
浅草オペラの流れ
|
※特色の記述は一般的傾向を示したもので、すべてに
当てはまるとは言えない。
それでは、それぞれの分類の特性を考えてみます。
T:子供を対象とした、子供の生
活に題材を求めたもの
これは、童謡とかなり重なるポジションになります。童謡で言えば「雨
降り」や「楽しいひな祭り」など枚挙にいとまが
ありません。浅草オペ
ラの没落後、お伽歌劇の一部が童謡や童謡唱歌として残っていったのも、
このポジショニングの重なりにあったように思います。ただ、難しいの
は、TとVの分類は比較的はっきりと分かれるのに対して、TとUの分
類がはっきりと判別できないものもあり、このあたりはもう少し調べて
みる必要が残っていると思っています。
例えば、Tに当たるのかUに当たるのか少し微妙ですが、佐々紅華作の
「鞠ちゃんの繪本」では、最初に発売されたレコードでは「童謡」となっ
ていますが、二回目に発売されたレコードでは「お伽歌劇」となり、三
回目の平井英子盤では「童謡唱歌」になっています。
一回目(大正8年)
童謡「毬ちゃんの繪本」
木村時子:毬ちゃん
天野喜久代:お姉さん
表記が見づらいですが、「童謡」
となっています。浅草オペラで活
躍した木村時子と天野喜久代によ
る録音です。

二
回目(大正末期?)
お伽歌劇「毬ちゃんの繪本」
木村時子:毬ちゃん
高井ルビー:お姉さん
木村時子と高井ルビーによる二回
目の録音です。レコードの番号は
一回目と同一ですが、こちらは
「お伽歌劇」になっています。

三回目 平井英子盤(昭和4年)
童謡唱歌「毬ちゃんの繪本」
平井英子:毬ちゃん
松井浪子:お姉さん
当時童謡歌手であった平井英子に
よるものだからもしれませんが、
今度は「童謡唱歌」になっていま
す。

このように、この領域では対話付き童謡として「お伽歌劇」が認知さ
れていたと考えるのが妥当だと思います。その傍証として「青い眼の
人形」を取り上げます。
童謡「青い眼の人形」は、1921(大正10)年12月に作
曲本居長世(1885-
1945)、作詞野口雨情(1882-1945)として子供向けの雑誌「金の船」に
発表された作品です。対象は子供。そして題材は擬人化され
た人形の
生活となっていますので、分類Tに当たると考えていいでしょう。こ
の曲が広く認知されたために、「お伽唱歌 青い目の人形」というレ
コードがオリエントレコードから発売されました。最初に、童謡「青
い眼の人形」が提示され、その後、対話と歌唱が展開します。このた
め、形式上はお伽歌劇と言ってよいものだと思います。メロディは、
いずれも元々の青い眼の人形を変形・展開させたものとなっており、
「青い眼の人形小変奏曲」と言っても良いものになっています。ストー
リーは人形で遊ぶ娘たちの他愛もない生活の一ページを描いています。
対話が非常に少なく、歌唱が中心であることから、お伽唱歌とされた
のではないかと思います。
お
伽唱歌「青い目の人形」(作者不明)
原曲:童謡「青い眼の人形」
(野口雨情作詞 本居長世作曲)
相良愛子
小野メリー子
篠原正雄伴奏
オリエント 2686
発売:大正12年頃?(アコースティック録音)

小野メリー子とは一体何者? と思っていましたが、大正12年当時、
根岸歌劇團に所属していた女優で小野女里子という方がいた
ことが
わかりました。おそらくこの方ではないかと思います。そうなると、
相良愛子も、伴奏の篠原正雄も、当時根岸歌劇團に所属していまし
たので、オール根岸キャストによる演目と言うことで、納得です。
お
伽歌劇「人形病院」
(北村季晴(1872-1931)作)
北村児童歌劇團
パーロフォン E1062(電気録音)
録音:1930(昭和5)年頃

これは、お伽歌劇の草分けと言えるであろう「どんぶらこ」の作者
である北村季晴(1872-1931)の作となるお伽歌劇を、北村本人が組織
したであろう北村児童歌劇団が演じているレコードです。北村最晩
年の活動の記録と言えるのではないか思います。内容は、当時の子
どもの生活の一ページと言う感じで、男の子とお姉さんの会話もな
かなか面白い一方で、文部省唱歌「人形」(尋常小學唱歌 第一學
年用)を取り入れたと言う意味でも、お伽歌劇と唱歌や童謡との重
なりを感じる、面白いものになっています。
ま
た、子供の教育を目的としたお伽歌劇もあったようです。お伽劇
「山彦」(同レコードの歌詞カードには「教訓歌劇」と印刷されて
います)というレコードが残されています。音羽愛子と天野喜久代
によるものですが、結局は山彦の原理を解説するものになっていま
すが、兄弟愛や倫理的側面も押さえているようです。実際に山彦が
舞台にかけられたかどうかは判りませんが、かなり広い範囲でお伽
歌劇の手法が使われていたことがわかります。
お伽劇「山彦」
音羽愛子
天野喜久代
音楽部員
ヒコーキ 2106
発売:昭和初期?(アコースティック録音)

U.一般大衆
を対象とした、子供の生活を題材を求めたもの
では、次に分類Uを見ていくことにします。「佐々紅華と浅草オペラ
Part3」に収録した旭少女歌劇團や東京少女歌劇團のレコードは、歌劇
となってはいますが、控えめに見て「神の恵」を除いたとしても、事
実上はお伽歌劇と言っていいように思います。もちろん、このような
録音に残された演目ばかりではないでしょうが、録音が残っているこ
れらの演目は、録音のためだけに作られたものとは考え難く、舞台で
かれられた演目の一部を録音したと考えるのが妥当であろうと思いま
す。そして、旭少女歌劇團→東京少女歌劇團が宝塚少女歌劇
團に対抗
する形で少女歌劇を展開し、それがペラゴロ達に支持されたこと。そ
して、東京少女歌劇團のトップスターだった一条久子が他界したとき、
多くのペラゴロがその死を悲しみ、雑誌「オペラ」で追悼記事が大き
く出た事は、彼女たちの対象が少なくとも子供だけではなかったこと
を端的に示していると思います。
また、次にあげる「はらぺこパンチャン」は、表向きは子供用に見え
ますし、「わがままを言うのはやめましょう」という教訓的側面が強
いものの、では子供だけを対象に作られたのかと言われるとちょっと
違うかな、というものがあります。ですから、TとUの分類は必ずし
もはっきりした分類はできず、相対的で、中間的なものもあると考え
た方が良いようにも思います。
同じく中間的存在になろうと思いますが「茶目君の奇術」というレコー
ドがあります。大正時代「お茶目」というのが一つのキーワードになっ
たようです。さしずめ大人は「モダン」で子どもは「お茶目」といっ
たところでしょうか。そんな中で、「茶目子の一日」をはじめとした
茶目子シリーズのお伽歌劇があったようで、これもそんな一枚ではな
いかと思います。作者は不明ですが、このモダンさ加減は、ひょっと
すると佐々紅華だったりして、と楽しい想像をしています。内容は、
男の子が演芸場で見た奇術師の真似をするという、他愛もないといえ
ばそうなんですが、当時の寄席の様子を髣髴とさせる楽しいものとなっ
ています。
お伽歌劇「はらぺこパンチャン」
(佐々紅華作並指導)
岩間百合子
岩崎繁子
二村定一
管弦楽伴奏
ニッポノホン 16431(アコースティック録音)

お
伽劇「茶目君の奇術」
(作者不明)
フォノプレー協會
東京蓄音器 1958(アコースティック録音)

V.子供を対
象にしたもので、物語に題材を求めたもの
分類Vは古今東西の物語に題材を求めたものや、物語をベー
スにして
作られたもので、子供を対象とするものです。これは電気録音になっ
てからのレコードですが、お伽歌劇「猿かに合戦」(作木村正夫 作
曲大村能章)というレコードが残されています。演じるは浅草オペラ
のスター、藤村悟朗・明石須磨子夫妻です。内容は、昔話の猿蟹合戦
ほぼそのままなので、明らかに子供を対象としたものと考えられると
思います。音源を公開したいのですが、残念な
がら木村正夫の著作権
がどうなっているのかがわからず、やむを得ず公開を断念しました。
本来なら、大人を対象にした演目ではないことは、お聴きいただけれ
ばお分かりになるのですが、残念です。
同様のレコードとしては「正直爺さん いぢわる爺さん」と「アリス・
モリス兄弟」というのがあります。前者は唱歌「花咲爺」を
そのまま
使っており、ここでも唱歌−童謡−お伽歌劇の重なりの大きさがわか
ります。このレコードでは、主に唱歌の後半を扱っており、ほぼ唱歌
どおり(というかお伽話通り)のストーリーになっています。後者は、
路線としては東京少女歌劇團に近いものがあるように思いま
す。ストー
リーは、障害を持つアリスとモリスの兄弟が、子供に苛められいる老
人を救うが、その老人は実は神の使いで・・・というものです。しか
しこの演目。言葉だけ見れば、最初の内はすご
い言葉の連続で、きっ
と放送やCDへの復刻はできないんでしょうね。情けは人のためならず、
という教訓的な意味合いも含んでいるようにも思います。
また、「おむすびコロリン」は童話劇となっていますが、内容・形式
ともにお伽歌劇と言っていいものと思います。作者の丸田義純さんは、
花月園少女歌劇團発足当時からのスタッフで、樂士として音楽面で歌
劇団を支える一方、花月園少女歌劇團を率いてきた町田櫻園と共に、
作品を提供していた方です。町田櫻園は昭和3年に他界したようです
が、それ以降の歌劇団を解散まで引っ張ったのが丸田ではないかと考
えています。丸田についてはもともと資料があまりないのですが、特
に花月園以降の丸田についてはまったく資料がなく、現在、丸田義純
の著作権がどうなっているのかわかりません。が、鶴見花月園少女歌
劇團の資料的価値を鑑みて公開することにしました。
また、雑誌「花月園」の昭和2年4月号にはお伽歌劇「一寸法師」のス
タッフが下記の通り、記載されています。
脚色並編曲:町田櫻園 舞台装置:石川いそみ 音楽指揮:湯池航一
出演:双葉香苗、春日喜美子、原貞子、花井鈴代、相原しのぶ、
寺島真砂子、寺澤蝶子、和歌山ふじの、末広好子、花岡縫子
『平岡広高が開いた 児童遊園地「花月園」』によると、鶴見花月園
は、1950(昭和25)年に花月園競輪となり現在に至りますが、それまで
は遊園地だったそうです。新橋の料亭「花月」の経営者だった平岡広
高が、妻とヨーロッパ旅行をした時、パリ郊外で見た児童本
位の遊園
地を見、日本にも同様の施設の必要性を痛感。1914(大
正3)年、鶴見東
福寺の境内3万坪を
借り、児童遊園地「花月」を作ったのだそうです。
そんな花月で、第二の宝塚を目指し少女歌劇團を設立。音楽
を成田為
三、文芸を鈴木三重吉などに担当してもらい、活動していた
そうです。
成田為三と言えば「浜辺の歌」「かなりや」「雨」の
作曲家。鈴木三
重吉と言えば1918(大正7)年に児童雑誌「赤い鳥」を
創刊した児童文
学の先駆者。そんなスタッフによる鶴見少女歌劇團は、純粋に
児童の
ためを目的とした団体だったのでしょう。当時、鶴見花月園は
東洋一
の大遊園地と言われていたようですが、昭和に入り多摩川園、
三笠園
などのコンペチターに客足を奪われ斜陽。1933(昭和8)
年に経営を京
浜電気鉄道(現:京浜急行電鉄)に営業譲渡したそうです。鶴見区の年
表によると「鶴見花月園少女歌劇團」は昭和6年5月に解散したそ
うで
すので、このレコードは、その最後期の記録ということになるでしょ
う。そ
してこのレコードを製作した日本オデオンも、同年6月の新
譜
発売を
最後に歴史の中に消えていきます。その意味で、このレコー
ド
は鶴見
花月園少女歌劇團と日本オデオン双方の挽歌と言ってよい物
か
もしれ
ません。

花
月園少女歌劇團「小鳥の唄」(昭和4年)舞台写真 提供:鶴見歴史の会 新見正吉氏
唱歌劇「猿かに合戦」
(木村正夫作 大村能章作曲・編曲)
明石須磨子
藤村悟朗
ニッポンレコード S263
歌
劇「正直爺さん」「いぢわる爺さん」(作者不明)
(原曲「花咲爺」石原和三郎作詞 田村虎蔵作曲)
オリエント歌劇團
ピアン伴奏
オリエント 2625
アコースティック録音

お
伽対話唱歌「アリス・モリス兄弟」(作者不明)
児童レコード協會
ニットーレコード 2219
アコースティック録音

童
話劇「おむすびコロリン」
(丸田義純作
詞・作曲)
鶴見花月園少女歌劇團
ODEON U-2242
電気録音(1931(昭和6)年4または5月発売)

W.一般大衆
を対象にしたもので、物語に題材を求めているもの
分類Wは、昔話や物語仕立てになっている、一般大衆を対象としたお伽
歌劇です。ただし、子供をテーマにしているので、子供は楽しめないと
言うものではなく、子供や大人も楽しめる、という位置づけだろうと思っ
ています。例えば、前述の旭少女歌劇團の「神の恵」は外国の物語風に
なっていますし、金竜館で上演された大震災前の最後の浅草オペラは、
佐々紅華作お伽歌劇「かちかち山後日譚」。高井ルビーのウサギ、杉寛
のタヌキによって演じられていたところに関東大震災が発生したのでし
た。高井、杉とも、ぬいぐるみ(着ぐるみ?)のまま、外へ逃げ出した
とも伝えられています。そんな大人も楽しんだであろう、お伽歌劇を。
まずは、京都パラダイスという当時京都にあった遊園地の歌劇団による
「繪合せ」というものです。主に子供向けのアトラクションとして、そ
して、大人にも楽しんでもらえるようなお伽歌劇をやっていたんでしょ
う。ストーリーは色々な昔話の登場人物がごった煮になって展開します。
西洋音楽と歌舞伎っぽい和製演劇とのごった煮も楽しいです。特に、鬼
が歌舞伎風に演じる様は、当時の大人にも十分ウケたのではないでしょ
うか。もう一つ「一寸法師」。これは初期のお伽歌劇ではありますが、
その構成が中々凝っていて、管弦楽や鳴り物も加わり、大人が聴いても
大変楽しいものになっているように思います。舞台が眼に浮かんでくる
ような名作だと思います。
お
伽歌劇「繪合せ」(作者不明)
京都パラダイス歌劇團
オリエント 2771
アコースティック録音

お伽歌劇「一寸法師」(作者不明)
専属演劇部員
オーケストラ團
鳴物 田中社中
ニッポノホン 717
アコースティック録音

以上は聞いた体験を基にしての分類であります。そのためいわゆる「後付
けの理屈」になっていますし、これでどこまで完全に分類できるかと言う
問題もあります。また演目によってはどちらとも判断がつきかねるものも
ありますし、特に「対象」についてはかなり主観的な判断になりますし、
本当は実際の上演記録から判断するのが正しい方法なのでしょうが、なか
なか資料がありません。
ですので、これまで述べてきた分類は、体験上こう分類できるのではない
かと言う試みですので、別な分類が成立する可能性もあります。この辺り
については、例えば各曲の特性をできるだけ客観的に数量化し、それらの
データを主成分分析などの統計手法により、その判別主要因を抽出してみ
ないといけないのかもしれません。ですので、あくまで試案として捕らえ
ていただければ幸いです。
